I 法蓮寺 J 本立寺 K 観音寺・解散
■日蓮宗 法蓮寺
日蓮宗長祐山法連寺といいます。開創は天正元(1573)年です。寺は滝山城下〜元八王子〜現在地と移転を繰り返しました。
この寺には医師で書道家でもある人同心組頭の並木以寧(源以寧)の墓があります。墓石は「源以寧」となっています。以寧は虎見良蔵といい、後に並木氏を名乗ります。医師として病者の施療に努め、窮民に保護の手をさしのべました。天保10年(1839)9月、元八王子村に「養老畑」を設置し村内の窮民救助費に充てました。書道にも通じ筆子が500名にも達したといいます。 |


本堂

並木以寧の墓
以寧は、千人同心組頭で虎良蔵といいました。医業を行うかたわら、元八王子に「養老畑」を設置し庶民の救済費にあてた人物です。書道の弟も多く、墓石には門弟500名余りと刻まれています。 |
■日蓮宗 本立寺
日蓮宗長光山本立寺といいます。永禄9年(1566)に滝山城下に開山しました。慶長元年(1596)に現在地へ移転しました。江戸の頃より身延山の直来として栄えたが先の大戦により全山を焼失しました。終戦後半世紀を経て現在の寺観に復興する。体の悪いところをタワシで洗い病気、ケガを治す洋行様。
ここには八王子千人同心千人頭原胤敦の墓、江戸文化研究家三田村鳶魚の墓があります。 |


■原胤敦の墓
千人頭で、寛政12年(1800)に蝦夷地御用を命じられ白糠に赴きました。「新編武蔵国風土記稿」の編纂に従事しました。文政10年(1827)2月9日に亡くなりました。 |



「八王子千人同心 勇払開拓の礎 顕彰之燈」の石灯籠
三田村鳶魚の墓


観音寺へ向かう




■■観音寺
真言宗智山派南清山一乗墜観音寺といいます。本堂は天正11年の建立で屋根の両端に擬宝珠を持つ作りは関東地方では唯一のものです。薬師堂は元は八王子市下犬目にありました。堂内には行基菩薩作の「峰の薬師」といわれる秘仏が安置されています。寛永年間には御朱印薬師堂領五石を賜りました。この薬師堂の別当寺として建立された観音寺は多摩八十八ヶ所第七十四番札所で、本尊十一面観音が安置されています。
階段を上がったところの立派な山門は八王子千人隊の千人頭旗本中村左京の屋敷門を移築したものです。山門の脇には「蘭方医秋山義方父子」碑あり、墓地には明治時代の陸軍軍医総監秋山練造の墓があります。 |

右 : 「蘭方医秋山義方父子」碑

本堂
秋山練造の墓



会長の挨拶があり、解散となりました
|